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漫画家の絵柄の変貌

漫画 サブカルチャー エンターテイメント アニメ
最近仮面ライダーゴーストネタが殆どだったので閑話休題
話を変えて漫画家の絵柄の変貌について書く。
例えば先月に最終回を迎えた『侵略!イカ娘
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これが2007年の連載当初のイカ娘、かなり顔がシャープに描かれていてイカの頭部分が大きくそれなりにプロポーションもある。
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そしてこれが連載終了近くのイカ娘、初期と比べると顔がとぼけた感じになり、イカの頭部分が小さく描かれ、プロポーションが殆ど小学生並みになっている。

まあ、安部真弘の絵柄の変化もあるが絵が手描きから途中でデジタル化したのもある。
今の漫画家は最早ケント紙にペンでインクをつけて描いている漫画家は稀で、殆どがパソコンを使いペンタブで描いている。

下書きは手描きだが、仕上げはパソコンで微調整している。
手描きに拘っているのはパソコンを使えない昔ながらのアナログ漫画家である。

今は少なくなったらしいが。元来漫画はそうやって描いていたものだ。
今は同人誌でもデジタル絵が殆どなのでプロもそうなる。

そんなことを書いていたらTwitter安部真弘本人からのリプが来た。
「レバーは苦手」と言うので「俺も生も焼いても臭みが残る」とリプを返したら安部本人も「やはり焼いても生臭さが残りますよね」と返って来た。(セルフネタ)

まあ、この20年の間に漫画の描き方も変化した
昔ながらの手描きは少なくなり、デジタル絵が殆どになった。

まあ、それもあるが9年間の連載の間に絵柄が徐々に変貌して行ったのもある。
描き慣れて段々柔らかいタッチに変化するのは昔からあることで珍しくはない。

最初は微妙な絵柄だったのが藤島康介、実質的デビュー作と言える『逮捕しちゃうぞ』(1986年から91年までモーニングアフタヌーンで連載)も初期の絵柄はすごく稚拙で微妙だったが、連載を重ねるごとに絵柄を変えてやがて連載終了近くで良い感じの絵柄に変化した。

藤島康介がこの漫画を描いていた時代はまだパソコンで描いていなくて手描きだっただけに、本人の努力であろう。

もう一つの代表作『ああっ!女神さまっ』も、連載当初はかなり微妙だったが、描くうちに良い感じになり、最終回ではまるで別物のように絵柄が変わっていた。

このように漫画は連載するうちに絵柄が変貌していくのが普通である。
ベーシックな絵柄を描く漫画家すら変化している。

7年前に転落死した臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』も連載当初はかなり微妙な絵柄だったが、作者が急逝近くには絵柄が完成していた。
今続くアニメのタッチもそれに追随している。

まあ、例外は赤松健である。デビュー作は『AIがとまらない』で初期と後期では多少の絵柄の変化が認められるが、一番ヒットした次回作の『ラブひな』は、連載開始から終了までさして絵柄の変化はなく、その次回作の『魔法先生ネギま!』も長期連載の間にさほど絵柄の変化はない。

これは赤松が、背景や部屋などのレイアウトをコピーして切り貼りし使い回ししたり、写真からハイキーで切り貼りしたりとかなり手抜きをしたのもある。

そんな手抜きをしていたら上手くなるはずがない。
赤松がやっていた以前にも藤子不二雄がまだ二人で活動していた時代にも赤松と似たようなことをした漫画家がいて、人物の切り貼りとかをしていたらしい。

まあ、そんな漫画家は消えて行っただろうな。進歩なき漫画家は消えるのがこの世界の非常な常である。

描けば描くほど上手くなり絵柄が洗練されて行くのは普通のことであり、当然である。
それは今も変わらない。それがプロでも同人誌でもである。

しかし劣化した漫画家もいる。それは年齢と共に絵柄が劣化した漫画家もいるのだ。
高橋留美子は最近の漫画は絵柄が痛い。
全盛期のような張りのある絵柄ではなく平べったくなっている。

やはり年代と共に絵柄も変貌するが退化は頂けないなあ。
時代が求めている絵柄でなくなるのもあるが
昔読んでいたファンから見たら痛いとしか言いようがない。

高クオリティを維持するのも大変なんだなあと思う。