Twitterなどで見る(いや、Facebookでも見るけど)
『昔は良かった』的な表現やツイートなどが多々ある、確かに昭和の時代はエネルギッシュだったのは
オレも認める。
戦争から敗戦、そこからの復興や高度成長期、オリンピック、万博、などなど様々なことが詰まっていた。
今は見ることができないものもかなりあった、女子の体操服のブルマ姿とか、テレビで裸は当たり前の時代でもあった。
マンパワーにも満ちており、この頃のテレビは夢の箱であったのも認める。
しかし平成に入ると消費税問題、テレビの堕落化、男女差別に当たるとブルマ廃止や凶悪犯罪の横行、震災や台風など、マイナスな面が多くなった。
初めはバブル景気で羽振りが良かったが、3年で弾けて以降、景気の下降が止まらない。
テレビの堕落も激しくなって行った、ゴールデンタイムからアニメが消えた。
特撮ヒーローが殆ど作られなくなり定番は仮面ライダーシリーズや、戦隊もの、テレ東に移籍したウルトラマンだけになっている。
ドラマも低下の一途を辿っている。
まあ、マイナスだけ書けば限りがないが仕方ない。
そして令和と元号が変わると京アニ放火事件や災害そして昨今のコロナウイルスである。
まさに踏んだり蹴ったりの酷い世の中になってしまったが、オレは昔が良かったとかは言わないし言いたくない。
確かに昔の方が良かったことはあるが、今もそんなに捨てたものではない。
テレビは衰退し、堕落したが、それに代わりYouTubeなどのネット動画が好評を得ている。
ある意味やらせで裏があり規制だらけのテレビとは違いYouTubeはUP主が全てをやらなければならず、その中にやらせ要素はない。
まあ、時代に取り残された人、懐かしむあまりに現代を否定する人がいるが、オレの自己流哲学から言えば『人間は過去には生きることは出来ない』
である。
幾ら昔が良かったと言っても過ぎ去った時代が戻ることはないし、過去に生きることは不可能である。
そんなことを言っている連中は既に老化が始まっているとだけは言っておこう、年齢は関係なしに。
『なければ創れば良い』これも哲学の中に入っている、なくなったのを嘆くよりも創れば良い。
今の方が昔より良くなったことだってある、例えばゆっくり解説による歴史の話や経済の話や雑学は、下手に難しい本を読むよりも分かりやすい。
そうやって面白おかしく学べるのは現代の強みである、昔は教師から面白くもない話やテストでしか知らない話だし、テストで覚えた学問は全く役に立たないし、すぐに忘れてしまう。
しかし面白おかしく学んだ学問にはそれがない、嫌々ではないからだ。
そこにテストと言う概念もないし点取り要素もない面白おかしく学んだ方がテストで点取るために学んだ学問よりも知識がつく。
だから一概に昔は良かったとかは思えないし思わない。
新型コロナウイルスにしても恐れ慄くよりもこれを、「普段通りの日常がありがたかった」ことを示す機会だし、それを取り戻さねばならぬ。
別の意味での戦いであり、終わりはない。そこで諦めたり、「昔は良かった」などと言う懐古的な感慨は、戦うのをやめたのに等しい。
「魂の敗北者」にはなってはいけない、「魂の勝者」に成らねばならない。
『振り返っても道はない、自分で切り拓くしかない』と言っておく。
逃げても必ず追って来るならば挑めば良いではないか?
そして「希望の灯を灯す」のも大切である。そう思えば『昔は良かった』などと言っている暇はない。
人間は須く前を向いて生きてゆかなければならない
まあ、熱く語らせてもらったが、本来の姿はいつも『くだらないことを追求』したいキャラなので、あまり真面目に考えすぎてはいけない。
あまり関係ない画像を貼って終わりとする、決して負けるなと言いたい。